星めぐりの歌宮澤賢治あかいめだまの さそりひろげた鷲の つばさあをいめだまの 小いぬ、ひかりのへびの とぐろ。オリオンは高く うたひつゆとしもとを おとす、アンドロメダの くもはさかなのくちの かたち。大ぐまのあしを きたに五つのばした ところ。小熊のひたいの うへはそらのめぐりの めあて。
下今更(いまさら)二人に会つて見た処で如何(どう)する積(つもり)がと君は怪しむかも知れないけれど僕の決心には二つの理由がある。其の一つは理由といふよりは誘惑であらう。兎も角も会つて見たいといふが則ち誘惑。僕が突然名乗(なの)り出たら二人はどんな顔をするだらう。筧は僕のことは知らないだらう。けれども愛子は筧の前で僕を如何(どう)取扱かうだらう。と思ふと一寸、此式(このしき)を立(たて)て見たい気もするのである。次には、僕の力に出来ることなら、筧を説いて其家庭に復(かへ)したい。又、愛子と語つて早く一生の計(はからひ)を立てさせたい。今のまゝで押しゆけば、愛子は遠からず筧を捨るだらう。そして又遠からず他の情人(いろ)を作るであらう。遂に其将来は如何なる。僕の愛を踏みつけて去ったほどの女ゆゑ、如何ならうと僕の知つたことでは無い筈でありながら昔の清き少女(をとめ)なりし愛子を思ふと、さうは行かない。其処で材木座なら多分光明館(くわめいくわん)と当(あて)をつけ今朝(けさ)早く長谷なる我宿(わがやど)を出た。若(も)し浜で出遇(あひ)でもするなら猶(な)ほ妙と、毎朝散歩するやうに、波打際(なみうちぎわ)を歩き滑川の川口まで来ると二人が此方(こつち)を向いてやつて来る。僕は川の此方(こっち)に立ち、二人は彼方(むかふ)の水際(みづぎは)に立ち川幅三四間を隔てゝ僕と愛子は顔を見合はした。僕は黙つて居る、愛子も黙つて居る。喜怒哀楽を容易に顔に出さない彼女(かれ)は、真面目な顔をして僕を見て居たが、静に踵(きびす)を転じかゝつた。「愛子さん!」と僕は一声(ひとこゑ)呼んで、直ぐさま膝までも届かない此川口の瀬を渡つた。筧ならんと思ふ男は驚いて僕を見て居る。僕は三年前、新橋の停車場で一度愛子に遇(あ)つたことが有る。その時愛子は笑味(えみ)を含んで僕に近づき、「しばらくで御座いました」と言ひさま、手を伸して握手した。そして僕と愛子は二言三言(ふたことみこと)挨拶の言葉を交(かは)し平然として分れた。僕は其時の愛子の度胸を知つて居るから、川を渡るや「愛子さん如何しました、暫くですね」と言ひながら其傍(そのそば)にづか〳〵と寄つた。「まア珍らしい処でお目にかゝりました。其後お変りも御座いませんですか。」と愛嬌ある言葉、例の如く手を差出したから僕も握手した。「難有(ありがた)う、相変らずよぼ〳〵して居ます」と言ひ終るや直ぐと傍(かたはら)の男に向ひ、「イヤ初めてお目にかゝります。僕は青木と申しまして、愛子さんとは小供の時からの朋友(ともだち)で御座います。」と出たらめをやつてのけた。「私は筧と申します。宜しく」と言葉少なに物慣れた挙止(こなし)、そして頗(すこぶ)る澄(すまし)て御座る。お見受(みうけ)申(まう)すに紙治氏(かみぢし)三十三四。「どうでしよう。甚だ失礼ですが愛子さんを五分間ほど貸(かし)て戴きたう御座いますが、実は二人だけで話たいい馬鹿々々しい可笑(をかし)な話もあるので。」と思ひきつて無躾(ぶしつけ)に言ふと、愛子は少し狼狽(うろた)へて、「青木さん、何の話です、二人で話すツて、可(いゝ)じやアりませんか筧さんが居らしつたつて!」と笑(ゑみ)を帯びて言ふ処は巧(うま)いもの。「処が不可(いけ)ないのですよ。」と僕も笑つて言ふと、「愛子さん、それでは私散歩して居るから、青木さんと悠然(ゆつくり)お話なさいな、別に私共は用事があるわけでもないのだから」と言ひつゝ筧は二三歩踏み出した。愛子も其後に従(したがつ)て行きかけたから僕は目これを止めた。筧は大股に歩いて材木座の方に引きかへし、忽ち数十歩の間(あひだ)が離れた。波の音で最早何を言つても聞えない。僕と愛子は緩(しづ)かに歩きながら。「愛子さん真実(ほんたう)に暫くでしたねえ」と僕は親く言ひかけた。「真実(ほんたう)ですね、何時か新橋でお目にかゝつたきりですね」と言ひつゝ砂ばかり見て居る。「貴女(あなた)と此処に住んで居た時から最早(もはや)六年になりますよ。」「最早(もう)そんなになりますかね、此間のやうですが早いものですね。」と言つて愛子は嘆息をした。「以前のことを思ふと夢のやうですね。」「けれども彼(あ)の夢は楽しう御座いましたね。」と言つて愛子は一寸(ちよつと)僕の顔を見たが又直ぐ下を向いて終(しま)つた。「しかし最早醒めて了(しま)つたから仕方がありません。其後(そのゝち)貴女は度々楽しい夢を見たでしよう面白い夢を?」「貴所(あなた)はさお思ひになつて?」「たゞ聞いて見るのですよ。」「それなら申しますが私は、貴所と二人で見た夢ほど楽(たのし)い夢を見たことはありませんよ、其後(そのゝち)。」「それは当然です。あの時のは真実(ほんたう)の恋ですもの浮気の沙汰じやアなかつたのです。だから楽しみの裏に深い哀(かなし)みがあり、能(よ)く貴女も泣いたじやありませんか、その恋を泥の中に沈めたのは貴女じやありませんか。」「だから私は今でも時々思ひだして悔(くや)んで居るのですよ。」「浮気を為(す)る暇々(ひま〳〵)にですか。」「貴所(あなた)は酷(ひど)いことを言ひますね。」「それじやア彼(か)の筧とかいふ人は彼方(あなた)の何ですか?」と切り込んだ。愛子は暫く黙つて居たが、「こんなことを聞いて私を苦しめんでも可(い)いじやア御座いませんか。私は最早一生独身と決定(きめ)て居るのですよ。」「それが可いでしよう、自由で。」「そうですよ、死にたい時に死ねますから。」と言ふ声は半分泣いて居る。僕も何時(いつ)しか釣りこまれて、「けれどもね愛子さん!独身でも何でも可いから早く生涯の目的を定(き)めて真面目な生活を送るやうになさらんと、終(しまひ)には真実(ほんたう)に死んでも足りないほどの浅(あさま)しいことになりますよ」「難有(ありがた)う御座います、如何(どう)かね貴所(あなた)、此の先私の力になつて下さいな、ね」と言つて僕に寄り添(そつ)た。力になることは情人(いろ)になることである。僕が第三の紙治になることである。けれども僕は不幸にして愛子の御意(ぎょい)に応じ兼(かね)た。「だつて筧さんが力になつて居るじゃア有りませんか。」「あんな人、力にも何にもなるもんですか。」「最早鼻に着きましたか」と言ふや直(す)ぐ大声を揚(あ)げて、「筧さん〳〵」と呼んだ。筧は砂に引上げた船の横に腰をかけて二人を待て居たのである、僕は愛子におかまひなく、其傍(そのそば)に急いでゆき、「イヤ大変お待せ申しました。」「どう致しまして」二人とも無言で居る所へ愛子が来たので僕は笑(わらひ)ながら筧に向ひ、「愛子さんが今、力になつて呉れる人がないとこぼして居ましたから、貴所(あなた)何卒(どう)か何分宜しくお願致します。左様なら。」と言つて僕は直ぐ踵(きびす)を転(めぐ)らした。滑川を渡る時振り返つて見ると、二人は並んで歩いて居る。君、君は小説家である。人間の研究者である。だから以上詳(くはし)く申上げて問ふ、鎌倉夫人は毒婦だらうか、ハイカラ毒婦だらうか。僕は君等の所謂(いはゆ)る本能満足主義の勇者(チヤンピヨン)だと思ふ以(もつ)て瞑(めい)すべきであらう。
湯ヶ原より国木田独歩 内山君うちやまくん足下そくか 何故なぜそう急きふに飛とび出だしたかとの君きみの質問しつもんは御尤ごもつともである。僕ぼくは不幸ふかうにして之これを君きみに白状はくじやうしてしまはなければならぬことに立到たちいたつた。然しかし或あるひはこれが僕ぼくの幸さいはひであるかも知しれない、たゞ僕ぼくの今いまの心こゝろは確たしかに不幸ふかうと感じて居をるのである、これを幸さいはひであつたと知ることは今後こんごのことであらう。しかし將來このさきこれを幸さいはひであつたと知しる時ときと雖いへども、たしかに不幸ふかうであると感かんずるに違ちがいない。僕ぼくは知しらないで宜よい、唯ただ感かんじたくないものだ。『こゝに一人ひとりの少女せうぢよあり。』小説せうせつは何時いつでもこんな風ふうに初はじまるもので、批評家ひゝやうかは戀こひの小説せうせつにも飽あき/\したとの御注文ごちゆうもん、然しかし年若としわかいお互たがひの身みに取とつては、事ことの實際じつさいが矢張やはりこんな風ふうに初はじまるのだから致いたし方かたがない。僕ぼくは批評家ひゝやうかの御注文ごちゆうもんに應おうずべく神樣かみさまが僕ぼく及および人類じんるゐを造つくつて呉くれなかつたことを感謝かんしやする。 去さる十三日にちの夜よ、僕ぼくは獨ひとり机つくゑに倚掛よりかゝつてぼんやり考かんがへて居ゐた。十時じを過すぎ家いへの者ものは寢ねてしまひ、外そとは雨あめがしと/\降ふつて居ゐる。親おやも兄弟きやうだいもない僕ぼくの身みには、こんな晩ばんは頗すこぶる感心かんしんしないので、おまけに下宿住げしゆくずまひ、所謂いはゆる半夜燈前十年事、一時和雨到心頭といふ一件けんだから堪忍たまつたものでない、まづ僕ぼくは泣なきだしさうな顏かほをして凝然じつと洋燈ランプの傘かさを見みつめて居ゐたと想像さう/″\し給たまへ。 此時このときフと思おもひ出だしたのはお絹きぬのことである、お絹きぬ、お絹きぬ、君きみは未まだ此名このなにはお知己ちかづきでないだらう。君きみばかりでない、僕ぼくの朋友ほういうの中うち、何人なんぴとも未いまだ此名このなが如何いかに僕ぼくの心こゝろに深ふかい、優やさしい、穩おだやかな響ひゞきを傳つたへるかの消息せうそくを知しらないのである。『こゝに一人ひとりの少女せうぢよあり、其名そのなを絹きぬといふ』と僕ぼくは小説批評家せうせつひゝやうかへの面當つらあてに今いま一度ど特筆とくひつ大書たいしよする。 僕ぼくは此この少女せうぢよを思おもひ出だすと共ともに『戀こひしい』、『見みたい』、『逢あひたい』の情じやうがむら/\とこみ上あげて來きた。君きみが何なんと言いはうとも實際じつさいさうであつたから仕方しかたがない。此この天地間てんちかん、僕ぼくを愛あいし、又また僕ぼくが愛あいする者ものは唯ただ此この少女せうぢよばかりといふ風ふうな感情こゝろもちが爲して來きた。あゝ是これ『浮うきたる心こゝろ』だらうか、何故なにゆゑに自然しぜんを愛あいする心こゝろは清きよく高たかくして、少女せうぢよ(人間にんげん)を戀こふる心こゝろは『浮うきたる心こゝろ』、『いやらしい心こゝろ』、『不健全ふけんぜんなる心こゝろ』だらうか、僕ぼくは一念ねんこゝに及およべば世よの倫理學者りんりがくしや、健全先生けんぜんせんせい、批評家ひゝやうか、なんといふ動物どうぶつを地球外ちきうぐわいに放逐はうちくしたくなる、西印度にしいんどの猛烈まうれつなる火山くわざんよ、何故なにゆゑに爾なんぢの熱火ねつくわを此種このしゆの動物どうぶつの頭上づじやうには注そゝがざりしぞ! 僕ぼくはお絹きぬが梨なしをむいて、僕ぼくが獨ひとりで入はいつてる浴室よくしつに、そつと持もつて來きて呉くれたことを思おもひ、二人ふたりで溪流けいりうに沿そふて散歩さんぽしたことを思おもひ、其その優やさしい言葉ことばを思おもひ、其その無邪氣むじやきな態度たいどを思おもひ、其その笑顏ゑがほを思おもひ、思おもはず机つくゑを打うつて、『明日あすの朝あさに行ゆく!』と叫さけんだ。 お絹きぬとは何人なんぴとぞ、君きみ驚おどろく勿なかれ、藝者げいしやでも女郎ぢよらうでもない、海老茶えびちや式部しきぶでも島田しまだの令孃れいぢやうでもない、美人びじんでもない、醜婦しうふでもない、たゞの女をんなである、湯原ゆがはらの温泉宿をんせんやど中西屋なかにしやの女中ぢよちゆうである! 今いま僕ぼくの斯かう筆ふでを執とつて居をる家うちの女中ぢよちゆうである! 田舍ゐなかの百姓ひやくしやうの娘むすめである! 小田原をだはらは大都會だいとくわいと心得こゝろえて居ゐる田舍娘ゐなかむすめ! この娘むすめを僕ぼくが知しつたのは昨年さくねんの夏なつ、君きみも御存知ごぞんぢの如ごとく病後びやうご、赤せき十字社じしやの醫者いしやに勸すゝめられて二ヶ月間げつかん此この湯原ゆがはらに滯在たいざいして居ゐた時ときである。 十四日かの朝あさ僕ぼくは支度したくも匆々そこ/\に宿やどを飛とび出だした。銀座ぎんざで半襟はんえり、簪かんざし、其他そのた娘むすめが喜よろこびさうな品しなを買かひ整とゝのへて汽車きしやに乘のつた。僕ぼくは今日けふまで女をんなを喜よろこばすべく半襟はんえりを買かはなかつたが、若もし彼あの娘むすめに此等これらの品しなを與やつたら如何どんなに喜よろこぶだらうと思おもふと、僕ぼくもうれしくつて堪たまらなかつた。見榮坊みえばう! 世よには見榮みえで女をんなに物ものを與やつたり、與やらなかつたりする者ものが澤山たくさんある。僕ぼくは心こゝろから此この貧まづしい贈物おくりものを我愛わがあいする田舍娘ゐなかむすめに呈上ていじやうする! 夜來やらいの雨あめはあがつたが、空氣くうきは濕しめつて、空そらには雲くもが漂たゞよふて居ゐた。夏なつの初はじめの旅たび、僕ぼくは何なによりも是これが好すきで、今日こんにちまで數々しば/\此この季節きせつに旅行りよかうした、然しかしあゝ何等なんらの幸福かうふくぞ、胸むねに樂たのしい、嬉うれしい空想くうさうを懷いだきながら、今夜こんやは彼あの娘むすめに遇あはれると思おもひながら、今夜こんやは彼あの清きよく澄すんだ温泉をんせんに入はひられると思おもひながら、此この好時節かうじせつに旅行りよかうせんとは。 國府津こふづで下おりた時ときは日光につくわう雲間くもまを洩もれて、新緑しんりよくの山やまも、野のも、林はやしも、眼めさむるばかり輝かゞやいて來きた。愉快ゆくわい! 電車でんしやが景氣けいきよく走はしり出だす、函嶺はこね諸峰しよほうは奧おくゆかしく、嚴おごそかに、面おもてを壓あつして近ちかづいて來くる! 輕かるい、淡々あは/\しい雲くもが沖おきなる海うみの上うへを漂たゞよふて居をる、鴎かもめが飛とぶ、浪なみが碎くだける、そら雲くもが日ひを隱かくした! 薄うすい影かげが野のの上うへを、海うみの上うへを這はう、忽たちまち又また明あかるくなる、此時このとき僕ぼくは決けつして自分じぶんを不幸ふしあはせな男をとことは思おもはなかつた。又また決けつして厭世家えんせいかたるの權利けんりは無なかつた。 小田原をだはらへ着ついて何時いつも感かんずるのは、自分じぶんもどうせ地上ちじやうに住すむならば此處こゝに住すみたいといふことである。古ふるい城しろ、高たかい山やま、天てんに連つらなる大洋たいやう、且かつ樹木じゆもくが繁しげつて居をる。洋畫やうぐわに依よつて身みを立たてやうといふ僕ぼくの空想くうさうとしては此處こゝに永住えいぢゆうの家いへを持もちたいといふのも無理むりではなからう。 小田原をだはらから先さきは例れいの人車鐵道じんしやてつだう。僕ぼくは一時ときも早はやく湯原ゆがはらへ着つきたいので好すきな小田原をだはらに半日はんにちを送おくるほどの樂たのしみも捨すてて、電車でんしやから下おりて晝飯ちうじきを終をはるや直すぐ人車じんしやに乘のつた。人車じんしやへ乘のると最早もはや半分はんぶん湯ゆヶ原はらに着ついた氣きになつた。此この人車鐵道じんしやてつだうの目的もくてきが熱海あたみ、伊豆山いづさん、湯ゆヶ原はらの如ごとき温泉地をんせんちにあるので、これに乘のれば最早もはや大丈夫だいぢやうぶといふ氣きになるのは温泉行をんせんゆきの人々ひと/″\皆みな同感どうかんであらう。 人車じんしやは徐々じよ/\として小田原をだはらの町まちを離はなれた。僕ぼくは窓まどから首くびを出だして見みて居ゐる。忽たちまちラツパを勇いさましく吹ふき立たてゝ車くるまは傾斜けいしやを飛とぶやうに滑すべる。空そらは名殘なごりなく晴はれた。海風かいふうは横よこさまに窓まどを吹ふきつける。顧かへりみると町まちの旅館りよかんの旗はたが竿頭かんとうに白しろく動うごいて居をる。 僕ぼくは頭かしらを轉てんじて行手ゆくてを見みた。すると軌道レールに沿そふて三人にん、田舍者ゐなかものが小田原をだはらの城下じやうかへ出でるといふ旅裝いでたち、赤あかく見みえるのは娘むすめの、白しろく見みえるのは老母らうぼの、からげた腰こしも頑丈ぐわんぢやうらしいのは老父おやぢさんで、人車じんしやの過すぎゆくのを避さける積つもりで立たつて此方こつちを向むいて居ゐる。『オヤお絹きぬ!』と思おもふ間まもなく車くるまは飛とぶ、三人にんは忽たちまち窓まどの下したに來きた。『お絹きぬさん!』と僕ぼくは思おもはず手てを擧あげた。お絹きぬはにつこり笑わらつて、さつと顏かほを赤あかめて、禮れいをした。人ひとと車くるまとの間あひだは見みる/\遠とほざかつた。 若もし同車どうしやの人ひとが無なかつたら僕ぼくは地段駄ぢだんだを踏ふんだらう、帽子ばうしを投なげつけたゞらう。僕ぼくと向むき合あつて、眞面目まじめな顏かほして居ゐる役人やくにんらしい先生せんせいが居ゐるではないか、僕ぼくは唯ただがつかりして手てを拱こまぬいてしまつた。 言いはでも知しるお絹きぬは最早もはや中西屋なかにしやに居ゐないのである、父母ふぼの家いへに歸かへり、嫁入よめいりの仕度したくに取とりかゝつたのである。昨年さくねんの夏なつも他たの女中ぢよちゆうから小田原をだはらのお婿むこさんなど嬲なぶられて居ゐたのを自分じぶんは知しつて居ゐる、あゝ愈々いよ/\さうだ! と思おもふと僕ぼくは慊いやになつてしまつた。一口ひとくちに言いへば、海うみも山やまもない、沖おきの大島おほしま、彼あれが何なんだらう。大浪おほなみ小浪こなみの景色けしき、何なんだ。今いまの今いままで僕ぼくをよろこばして居ゐた自然しぜんは、忽たちまちの中うちに何なんの面白味おもしろみもなくなつてしまつた。僕ぼくとは他人たにんになつてしまつた。 湯原ゆがはらの温泉をんせんは僕ぼくになじみの深ふかい處ところであるから、たとひお絹きぬが居ゐないでも僕ぼくに取とつて興味きようみのない譯わけはない、然しかし既すでにお絹きぬを知しつた後のちの僕ぼくには、お絹きぬの居ゐないことは寧むしろ不愉快ふゆくわいの場所ばしよとなつてしまつたのである。不愉快ふゆくわいの人車じんしやに搖ゆられて此この淋さびしい溪間たにまに送おくり屆とゞけられることは、頗すこぶる苦痛くつうであつたが、今更いまさら引返ひきかへす事ことも出來できず、其日そのひの午後ごゝ五時頃じごろ、此宿このやどに着ついた。突然とつぜんのことであるから宿やどの主人あるじを驚おどろかした。主人あるじは忠實ちゆうじつな人ひとであるから、非常ひじやうに歡迎くわんげいして呉くれた。湯ゆに入はひつて居ゐると女中ぢよちゆうの一人ひとりが來きて、『小山こやまさんお氣きの毒どくですね。』『何故なぜ?』『お絹きぬさんは最早もう居ゐませんよ、』と言いひ捨すてゝばた/\と逃にげて去いつた。哀あはれなる哉かな、これが僕ぼくの失戀しつれんの弔詞てうじである! 失戀しつれん?、失戀しつれんが聞きいてあきれる。僕ぼくは戀こひして居ゐたのだらうけれども、夢ゆめに、實じつに夢ゆめにもお絹きぬをどうしやうといふ事ことはなかつた、お絹きぬも亦また、僕ぼくを憎にくからず思おもつて居ゐたらう、決けつして其それ以上いじやうのことは思おもはなかつたに違ちがひない。 處ところが其夜そのよ、女中ぢよちゆう[#「女中ぢよちゆう」は底本では「女中ぢうちゆう」]どもが僕ぼくの部屋へやに集あつまつて、宿やどの娘むすめも來きた。お絹きぬの話はなしが出でて、お絹きぬは愈々いよ/\小田原をだはらに嫁よめにゆくことに定きまつた一條でうを聞きかされた時ときの僕ぼくの心持こゝろもち、僕ぼくの運命うんめいが定さだまつたやうで、今更いまさら何なんとも言いへぬ不快ふくわいでならなかつた。しからば矢張やはり失戀しつれんであらう! 僕ぼくはお絹きぬを自分じぶんの物もの、自分じぶんのみを愛あいすべき人ひとと、何時いつの間まにか思込おもひこんで居ゐたのであらう。 土産物みやげものは女中ぢよちゆうや娘むすめに分配ぶんぱいしてしまつた。彼等かれらは確たしかによろこんだ、然しかし僕ぼくは嬉うれしくも何なんともない。 翌日よくじつは雨あめ、朝あさからしよぼ/\と降ふつて陰鬱いんうつ極きはまる天氣てんき。溪流けいりうの水みづ増ましてザア/\と騷々さう/″\しいこと非常ひじやう。晝飯ひるめしに宿やどの娘むすめが給仕きふじに來きて、僕ぼくの顏かほを見みて笑わらふから、僕ぼくも笑わらはざるを得えない。『貴所あなたはお絹きぬに逢あひたくつて?』『可笑をかしい事ことを言いひますね、昨年さくねんあんなに世話せわになつた人ひとに會あひたいのは當然あたりまへだらうと思おもふ。』『逢あはして上あげましようか?』『難有ありがたいね、何分なにぶん宜よろしく。』『明日あしたきつとお絹きぬさん宅うちへ來きますよ。』『來きたら宜よろしく被仰おつしやつて下ください、』と僕ぼくが眞實ほんたうにしないので娘むすめは默だまつて唯ただ笑わらつて居ゐた。お絹きぬは此娘このむすめと從姉妹いとこどうしなのである。 午後ごゝは降ふり止やんだが晴はれさうにもせず雲くもは地ちを這はふようにして飛とぶ、狹せまい溪たには益々ます/\狹せまくなつて、僕ぼくは牢獄らうごくにでも坐すわつて居ゐる氣き。坐敷ざしきに坐すわつたまゝ爲する事こともなく茫然ぼんやりと外そとを眺ながめて居ゐたが、ちらと僕ぼくの眼めを遮さへぎつて直すぐ又また隣家もよりの軒先のきさきで隱かくれてしまつた者ものがある。それがお絹きぬらしい。僕ぼくは直すぐ外そとに出でた。 石いしばかりごろ/\した往來わうらいの淋さびしさ。僅わづかに十軒けんばかりの温泉宿をんせんやど。其外そのほかの百姓家しやうやとても數かぞえる計ばかり、物ものを商あきなふ家いへも準じゆんじて幾軒いくけんもない寂寞せきばくたる溪間たにま! この溪間たにまが雨雲あまぐもに閉とざされて見みる物もの悉こと/″\く光ひかりを失うしなふた時ときの光景くわうけいを想像さう/″\し給たまへ。僕ぼくは溪流けいりうに沿そふて此この淋さびしい往來わうらいを當あてもなく歩あるいた。流ながれを下くだつて行ゆくも二三丁ちやう、上のぼれば一丁ちやう、其中そのなかにペンキで塗つた橋はしがある、其間そのあひだを、如何どんな心地こゝちで僕ぼくはぶらついたらう。温泉宿をんせんやどの欄干らんかんに倚よつて外そとを眺ながめて居ゐる人ひとは皆みな泣なき出だしさうな顏付かほつきをして居ゐる、軒先のきさきで小供こどもを負しよつて居ゐる娘むすめは病人びやうにんのやうで背せの小供こどもはめそ/\と泣ないて居ゐる。陰鬱いんうつ! 屈托くつたく! 寂寥せきれう! そして僕ぼくの眼めには何處どこかに悲慘ひさんの影かげさへも見みえるのである。 お絹きぬには出逢であはなかつた。當あたり前まへである。僕ぼくは其その翌日よくじつ降ふり出だしさうな空そらをも恐おそれず十國峠じつこくたうげへと單身たんしん宿やどを出でた。宿やどの者ものは總そうがゝりで止とめたが聞きかない、伴ともを連つれて行ゆけと勸すゝめても謝絶しやぜつ。山やまは雲くもの中なか、僕ぼくは雲くもに登のぼる積つもりで遮二無二しやにむに登のぼつた。 僕ぼくは今日けふまで斯こんな凄寥せいれうたる光景くわうけいに出遇であつたことはない。足あしの下したから灰色はひいろの雲くもが忽たちまち現あらはれ、忽たちまち消きえる。草原くさはらをわたる風かぜは物ものすごく鳴なつて耳みゝを掠かすめる、雲くもの絶間絶間たえま/\から見みえる者ものは山又山やままたやま。天地間てんちかん僕ぼく一人にん、鳥とりも鳴なかず。僕ぼくは暫しばらく絶頂ぜつちやうの石いしに倚よつて居ゐた。この時とき、戀こひもなければ失戀しつれんもない、たゞ悽愴せいさうの感かんに堪たえず、我生わがせいの孤獨こどくを泣なかざるを得えなかつた。 歸路かへりに眞闇まつくらに繁しげつた森もりの中なかを通とほる時とき、僕ぼくは斯こんな事ことを思おもひながら歩あるいた、若もし僕ぼくが足あしを蹈ふみ滑すべらして此溪このたにに落おちる、死しんでしまう、中西屋なかにしやでは僕ぼくが歸かへらぬので大騷おほさわぎを初はじめる、樵夫そまをやとふて僕ぼくを索さがす、此この暗くらい溪底たにそこに僕ぼくの死體したいが横よこたはつて居ゐる、東京とうきやうへ電報でんぱうを打うつ、君きみか淡路君あはぢくんか飛とんで來くる、そして僕ぼくは燒やかれてしまう。天地間てんちかん最早もはや小山某こやまなにがしといふ畫ゑかきの書生しよせいは居ゐなくなる! と僕ぼくは思おもつた時とき、思おもはず足あしを止とゞめた。頭あたまの上うへの眞黒まつくろに繁しげつた枝えだから水みづがぼた/\落おちる、墓穴はかあなのやうな溪底たにそこでは水みづの激げきして流ながれる音おとが悽すごく響ひゞく。僕ぼくは身みの髮けのよだつを感かんじた。 死人しにんのやうな顏かほをして僕ぼくの歸かへつて來きたのを見みて、宿やどの者ものは如何どんなに驚おどろいたらう。其驚そのおどろきよりも僕ぼくの驚おどろいたのは此日このひお絹きぬが來きたが、午後ごゝ又また實家じつかへ歸かへつたとの事ことである。 其夜そのよから僕ぼくは熱ねつが出でて今日けふで三日みつかになるが未まだ快然はつきりしない。山やまに登のぼつて風邪かぜを引ひいたのであらう。 君きみよ、君きみは今いまの時文じぶん評論家ひやうろんかでないから、此この三日みつかの間あひだ、床とこの中なかに呻吟しんぎんして居ゐた時とき考かんがへたことを聞きいて呉くれるだらう。 戀こひは力ちからである、人ひとの抵抗ていかうすることの出來できない力ちからである。此力このちからを認識にんしきせず、又また此力このちからを壓おさへ得うると思おもふ人ひとは、未まだ此力このちからに觸ふれなかつた人ひとである。其その證據しようこには曾かつて戀こひの爲ために苦くるしみ悶もだえた人ひとも、時とき經たつて、普通ふつうの人ひととなる時ときは、何故なにゆゑに彼時あのとき自分じぶんが戀こひの爲ために斯かくまで苦悶くもんしたかを、自分じぶんで疑うたがう者ものである。則すなはち彼かれは戀こひの力ちからに觸ふれて居ゐないからである。同おなじ人ひとですら其通そのとほり、況いはんや曾かつて戀こひの力ちからに觸ふれたことのない人ひとが如何どうして他人たにんの戀こひの消息せうそくが解わからう、その樂たのしみが解わからう、其苦そのくるしみが解わからう?。 戀こひに迷まよふを笑わらふ人ひとは、怪あやしげな傳説でんせつ、學説がくせつに迷まよはぬがよい。戀こひは人ひとの至情しゞやうである。此この至情しゞやうをあざける人ひとは、百萬年まんねんも千萬年まんねんも生いきるが可よい、御氣おきの毒どくながら地球ちきうの皮かはは忽たちまち諸君しよくんを吸すひ込こむべく待まつて居ゐる、泡あわのかたまり先生せんせい諸君しよくん、僕ぼくは諸君しよくんが此この不可思議ふかしぎなる大宇宙だいうちうをも統御とうぎよして居ゐるやうな顏構かほつきをして居ゐるのを見みると冷笑れいせうしたくなる僕ぼくは諸君しよくんが今いま少すこしく眞面目まじめに、謙遜けんそんに、嚴肅げんしゆくに、此この人生じんせいと此この天地てんちの問題もんだいを見みて貰もらひたいのである。 諸君しよくんが戀こひを笑わらふのは、畢竟ひつきやう、人ひとを笑わらふのである、人ひとは諸君しよくんが思おもつてるよりも神祕しんぴなる動物どうぶつである。若もし人ひとの心こゝろに宿やどる所ところの戀こひをすら笑わらふべく信しんずべからざる者ものならば、人生じんせい遂つひに何なんの價あたひぞ、人ひとの心こゝろほど嘘僞きよぎな者ものは無ないではないか。諸君しよくんにして若もし、月夜げつや笛ふえを聞きいて、諸君しよくんの心こゝろに少すこしにても『永遠エターニテー』の俤おもかげが映うつるならば、戀こひを信しんぜよ。若もし、諸君しよくんにして中江兆民なかえてうみん先生せんせいと同どう一種しゆであつて、十八里り零圍氣れいゐきを振舞ふりまはして滿足まんぞくして居ゐるならば、諸君しよくんは何なんの權威けんゐあつて、『春はる短みじかし何なにに不滅ふめつの命いのちぞと』云々うん/\と歌うたふ人ひとの自由じいうに干渉かんせふし得うるぞ。『若わかい時ときは二度どはない』と稱しようしてあらゆる肉慾にくよくを恣ほしいまゝにせんとする青年男女せいねんだんぢよの自由じいうに干渉かんせふし得うるぞ。 内山君うちやまくん足下そくか、先まづ此位このくらゐにして置おかう。さて斯かくの如ごとくに僕ぼくは戀こひ其物そのものに隨喜ずゐきした。これは失戀しつれんの賜たまものかも知しれない。明後日みやうごにちは僕ぼくは歸京きゝやうする。 小田原をだはらを通とほる時とき、僕ぼくは如何どんな感かんがあるだらう。小山生
桜の樹の下には梶井基次郎 桜の樹の下には屍体したいが埋まっている! これは信じていいことなんだよ。何故なぜって、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか。俺はあの美しさが信じられないので、この二三日不安だった。しかしいま、やっとわかるときが来た。桜の樹の下には屍体が埋まっている。これは信じていいことだ。 どうして俺が毎晩家へ帰って来る道で、俺の部屋の数ある道具のうちの、選よりに選ってちっぽけな薄っぺらいもの、安全剃刀の刃なんぞが、千里眼のように思い浮かんで来るのか――おまえはそれがわからないと言ったが――そして俺にもやはりそれがわからないのだが――それもこれもやっぱり同じようなことにちがいない。 いったいどんな樹の花でも、いわゆる真っ盛りという状態に達すると、あたりの空気のなかへ一種神秘な雰囲気を撒き散らすものだ。それは、よく廻った独楽こまが完全な静止に澄むように、また、音楽の上手な演奏がきまってなにかの幻覚を伴うように、灼熱しゃくねつした生殖の幻覚させる後光のようなものだ。それは人の心を撲うたずにはおかない、不思議な、生き生きとした、美しさだ。 しかし、昨日、一昨日、俺の心をひどく陰気にしたものもそれなのだ。俺にはその美しさがなにか信じられないもののような気がした。俺は反対に不安になり、憂鬱ゆううつになり、空虚な気持になった。しかし、俺はいまやっとわかった。 おまえ、この爛漫らんまんと咲き乱れている桜の樹の下へ、一つ一つ屍体が埋まっていると想像してみるがいい。何が俺をそんなに不安にしていたかがおまえには納得がいくだろう。 馬のような屍体、犬猫のような屍体、そして人間のような屍体、屍体はみな腐爛ふらんして蛆うじが湧き、堪たまらなく臭い。それでいて水晶のような液をたらたらとたらしている。桜の根は貪婪どんらんな蛸たこのように、それを抱きかかえ、いそぎんちゃくの食糸のような毛根を聚あつめて、その液体を吸っている。 何があんな花弁を作り、何があんな蕊しべを作っているのか、俺は毛根の吸いあげる水晶のような液が、静かな行列を作って、維管束のなかを夢のようにあがってゆくのが見えるようだ。 ――おまえは何をそう苦しそうな顔をしているのだ。美しい透視術じゃないか。俺はいまようやく瞳ひとみを据えて桜の花が見られるようになったのだ。昨日、一昨日、俺を不安がらせた神秘から自由になったのだ。 二三日前、俺は、ここの溪たにへ下りて、石の上を伝い歩きしていた。水のしぶきのなかからは、あちらからもこちらからも、薄羽かげろうがアフロディットのように生まれて来て、溪の空をめがけて舞い上がってゆくのが見えた。おまえも知っているとおり、彼らはそこで美しい結婚をするのだ。しばらく歩いていると、俺は変なものに出喰でくわした。それは溪の水が乾いた磧かわらへ、小さい水溜を残している、その水のなかだった。思いがけない石油を流したような光彩が、一面に浮いているのだ。おまえはそれを何だったと思う。それは何万匹とも数の知れない、薄羽かげろうの屍体だったのだ。隙間なく水の面を被っている、彼らのかさなりあった翅はねが、光にちぢれて油のような光彩を流しているのだ。そこが、産卵を終わった彼らの墓場だったのだ。 俺はそれを見たとき、胸が衝つかれるような気がした。墓場を発あばいて屍体を嗜このむ変質者のような残忍なよろこびを俺は味わった。 この溪間ではなにも俺をよろこばすものはない。鶯うぐいすや四十雀しじゅうからも、白い日光をさ青に煙らせている木の若芽も、ただそれだけでは、もうろうとした心象に過ぎない。俺には惨劇が必要なんだ。その平衡があって、はじめて俺の心象は明確になって来る。俺の心は悪鬼のように憂鬱に渇いている。俺の心に憂鬱が完成するときにばかり、俺の心は和なごんでくる。 ――おまえは腋わきの下を拭ふいているね。冷汗が出るのか。それは俺も同じことだ。何もそれを不愉快がることはない。べたべたとまるで精液のようだと思ってごらん。それで俺達の憂鬱は完成するのだ。 ああ、桜の樹の下には屍体が埋まっている! いったいどこから浮かんで来た空想かさっぱり見当のつかない屍体が、いまはまるで桜の樹と一つになって、どんなに頭を振っても離れてゆこうとはしない。 今こそ俺は、あの桜の樹の下で酒宴をひらいている村人たちと同じ権利で、花見の酒が呑のめそうな気がする。