鎌倉夫人_下

鎌倉夫人_下

Published on Jul 5
06:43
本の朗読2
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<p style="color:#333333;font-weight:normal;font-size:16px;line-height:30px;font-family:Helvetica,Arial,sans-serif;hyphens:auto;text-align:justify;" data-flag="normal"><span>下</span></p><p style="color:#333333;font-weight:normal;font-size:16px;line-height:30px;font-family:Helvetica, Arial, sans-serif;hyphens:auto;text-align:justify;" data-flag="normal">今更(いまさら)二人に会つて見た処で如何(どう)する積(つもり)がと君は怪しむかも知れないけれど僕の決心には二つの理由がある。其の一つは理由といふよりは誘惑であらう。兎も角も会つて見たいといふが則ち誘惑。僕が突然名乗(なの)り出たら二人はどんな顔をするだらう。筧は僕のことは知らないだらう。けれども愛子は筧の前で僕を如何(どう)取扱かうだらう。と思ふと一寸、此式(このしき)を立(たて)て見たい気もするのである。次には、僕の力に出来ることなら、筧を説いて其家庭に復(かへ)したい。又、愛子と語つて早く一生の計(はからひ)を立てさせたい。今のまゝで押しゆけば、愛子は遠からず筧を捨るだらう。そして又遠からず他の情人(いろ)を作るであらう。遂に其将来は如何なる。僕の愛を踏みつけて去ったほどの女ゆゑ、如何ならうと僕の知つたことでは無い筈でありながら昔の清き少女(をとめ)なりし愛子を思ふと、さうは行かない。其処で材木座なら多分光明館(くわめいくわん)と当(あて)をつけ今朝(けさ)早く長谷なる我宿(わがやど)を出た。若(も)し浜で出遇(あひ)でもするなら猶(な)ほ妙と、毎朝散歩するやうに、波打際(なみうちぎわ)を歩き滑川の川口まで来ると二人が此方(こつち)を向いてやつて来る。僕は川の此方(こっち)に立ち、二人は彼方(むかふ)の水際(みづぎは)に立ち川幅三四間を隔てゝ僕と愛子は顔を見合はした。僕は黙つて居る、愛子も黙つて居る。喜怒哀楽を容易に顔に出さない彼女(かれ)は、真面目な顔をして僕を見...