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<p style="color:#333333;font-weight:normal;font-size:16px;line-height:30px;font-family:Helvetica,Arial,sans-serif;hyphens:auto;text-align:justify;" data-flag="normal"><span> 翌日、手の腫れは、昨日よりも、また一そうひどくなっていた。お食事は、何も召し上らなかった。お</span>蜜柑みかん<span>のジュースも、口が荒れて、しみて、飲めないとおっしゃった。</span><br /><span>「お母さま、また、直治のあのマスクを、なさったら?」</span><br /><span> と笑いながら言うつもりであったが、言っているうちに、つらくなって、わっと声を挙げて泣いてしまった。</span><br /><span>「毎日いそがしくて、疲れるでしょう。看護婦さんを、やとって</span>頂戴ちょうだい<span>」</span><br /><span> と静かにおっしゃったが、ご自分のおからだよりも、かず子の身を心配していらっしゃる事がよくわかって、なおの事かなしく、立って、走って、お風呂場の三畳に行って、思いのたけ泣いた。</span><br /><span> お昼すこし過ぎ、直治が三宅さまの老先生と、それから看護婦さん二人を、お連れして来た。</span><br /><span> いつも冗談ばかりおっしゃる老先生も、その時は、お怒りになっていらっしゃるような素振りで、どしどし病室へはいって来られて、すぐにご診察を、おはじめになった。そうして、誰に言うともなく、</span><br /><span>「お弱りになりましたね」</span><br /><span> と一こと低くおっしゃって、カンフルを注射して下さった。</span><br /><span>「先生のお宿は?」</span><br /><span> とお母さまは、うわ言のようにおっしゃる。</span><br /><span>「また長岡です。予約してありますから、ご心配無用。このご病人は、ひとの事など心配なさらず、もっとわがままに、召し上りたいものは何でも、たくさん召し上るようにしなければいけませんね。栄養をとったら、よくなります。...