夢野久作ードグラ・マグラ22

夢野久作ードグラ・マグラ22

Published on Jun 21
11:39
本の朗読
0:00
0:00
<p style="color:#333333;font-weight:normal;font-size:16px;line-height:30px;font-family:Helvetica,Arial,sans-serif;hyphens:auto;text-align:justify;" data-flag="normal"><span>「……胎児の夢の主人公……胎児に</span>魘おび<span>やかされて……何だか僕にはよく解りませんが……」</span><br /><span>「イヤ。今のうちは、ハッキリとお解りにならぬ方が</span>宜よろ<span>しいと思いますが」</span><br /><span> と若林博士は私をなだめるように椅子の中から右手を上げた。そうして例の異様な微笑を左の眼の下に</span>痙攣ひきつ<span>らせながら、依然として謹厳な口調で言葉を続けた。</span><br /><span>「……今のうちは、お解りにならぬ方が宜しいと思います。こう申上げては失礼ですが、いずれ貴方が、御自身の過去の記憶を、残りなく回復されました暁には、その『胎児の夢』と題する恐怖映画の主人公が</span>何人なんぴと<span>であるかというような裏面の消息を、明らかにお察しになる事と存じますから、その時の御参考のために、特にこの際御注意を促しておきます次第で御座います。……ところで、</span>扨さ<span>て、その当学部第一回の卒業式が、正木先生の御欠席のままで終了致しますと、その翌日になって盛山学部長の手許に、正木先生からの書信が参りましたが、その中には</span>斯様かよう<span>な意味の抱負が述べてありましたそうです。</span><br /><span> ――自分は胎児の夢の一篇を理解してくれる人間が、現代の科学界に存在していようとは思わなかった。恐らく、そんな人間は一人も居ないであろう事を確信しつつ、落第を覚悟して提出したものであったが、意外千万にも、それが学部長閣下と、斎藤先生に推薦されたという事を聞いて、長嘆これを久しうした。あの論文の価値が、こんなに</span>易々やすやす<span>と看破されるようでは、まだまだ私の研究が浅薄であったに違いない。こんな事では吾が福岡大学の名誉を不朽に伝える事は出来ないと...